2025年に、日本円に1対1で連動する円建てステーブルコイン JPYC が登場しました。資金移動業者として登録され、発行が始まり、いつでも円と交換できる。報道では価格や投資の文脈で語られることが多いのですが、私たちが空間設計の現場から眺めていて気になっているのは、まったく別のところです。
それは、「継続的なお金のやり取り」がどう変わりうるか、という点です。一回きりの支払いではなく、月額や従量、使った分だけの自動精算、あるいは場の中で少しずつ続いていく支払い。こうした「続いていくお金」の設計に、プログラムで扱える円がどんな選択肢を持ち込むのか。今日はそこに絞って考えてみたいと思います。
「続いていく支払い」は、いまも意外と難しい
サブスクリプションという言葉は、すっかり日常になりました。けれど、その裏側で動いている仕組みは、思っているより不器用です。
多くの継続課金はクレジットカードを前提にしています。そこには、決済ごとの手数料、国境をまたぐときの為替や手数料、カードの有効期限切れや再発行による意図しない解約、そして「数十円〜数百円」といった少額には割に合わないコスト構造、といった摩擦がついて回ります。
月に数百円のものを、海外にいる相手に、人手を介さず払い続ける。文章にすると簡単そうですが、既存の仕組みでこれをきれいに成立させるのは、案外むずかしい。少額になるほど、相手が遠くなるほど、その難しさは増していきます。
プログラムで扱える円、という違い
ステーブルコインのいちばんの特徴は、それが「プログラムから扱えるお金」だという点です。
これまでのお金は、最後はどこかで人や銀行のシステムが間に入って動いていました。ステーブルコインの場合は、あらかじめ決めた条件に従って支払いを自動で実行する、という設計ができます。たとえば「毎月この日に、この額を」「使った分だけ、その都度」といったルールを仕組みそのものに埋め込んでおける、ということです。
実際、海外では2025年の後半から、利用者が事前に許可を与えておき、決められた日程で自動的に引き落とす——そんな継続課金の仕組みが、ドル建てステーブルコインを使って動き始めています。クレジットカードのように毎回サインし直さなくても、約束した範囲でお金が動いていく。お金そのものに「振る舞い」を持たせられる、と言い換えてもいいかもしれません。
円でこれが当たり前にできるようになったとき、何が変わるのか。私たちが想像をめぐらせているのは、その先です。
円でも、もう具体的な動きが出てきた
ここまで海外の例を引いてきましたが、円でも同じ方向の動きが、もう国内で具体的に現れ始めています。
2026年5月18日、熊本県八代市の Advance Ability株式会社(代表 三桐睦夫)が、「JPYC Subscription Service(仮称)」を発表したとされています。日本円ステーブルコイン JPYC を使った継続課金のインフラを、API・SDKのかたちで外部の事業者に提供する、というものです。発表によれば、決済画面を組み込むための Checkout SDK や REST API、利用者のウォレット接続、サブスクリプションの管理、決済状態の管理、Webhook通知といった、継続課金を成立させるための部品がひととおり用意されるとされています。つまり、JPYCで「続いていく支払い」を実装したい事業者が、ゼロから作らずに済むための土台、という位置づけです。
技術的な肝として説明されているのが、EIP-2612のPermitと呼ばれる「オフチェーン署名」の方式です。ブロックチェーン上でお金を動かすたびに、利用者が毎回手数料(ガス代)を負担し、署名し直す——そんな煩わしさを避けるために、最初に一度署名で許可を与えておけば、その後は約束した範囲で支払いが続いていく、という設計だとされています。先ほど海外の例で触れた「事前に許可を与えておき、決められた範囲でお金が動いていく」という形が、円建てでも具体的なサービスとして輪郭を持ち始めた、ということです。あわせて、利用者のウォレットから導入事業者のウォレットへ直接送金され、サービス提供者は利用者の資産を預からない、パススルー型(ノンカストディアル)の構成だとされています。お金の通り道に余計な預かり手を挟まない、という考え方です。
もっとも、これはまだ仮称であり、これからクローズドベータを経て育っていく段階のものです。マルチチェーン対応や、ウォレットの扱いをやさしくする Account Abstraction、ソーシャルログインとの統合などを、段階的に予定しているとされています。私たちがここで言いたいのは、特定のサービスを推すことではありません。「JPYCで継続課金を実装する」という発想が、もう抽象的な可能性の話ではなく、国内でも手に取れる部品として現れ始めた——その事実を、ひとつの目印として書きとめておきたいのです。
少額と、国境と、自動精算
プログラムで扱える円が効いてくるのは、いまの仕組みが苦手としていた三つの場面だと考えています。
ひとつは少額です。数十円規模の継続的な支払いは、手数料に食われてしまって成り立ちにくい領域でした。ここが軽くなれば、「ごくわずかな金額を、たくさんの相手と、長く続ける」という関係が現実味を帯びてきます。
ふたつめは国境です。海外のクリエイターを継続的に支援したい、海外の相手から継続的に対価を受け取りたい。そう思っても、為替と手数料の壁は高い。共通して扱える円建ての価値があれば、その壁が低くなるかもしれません。
みっつめは自動精算です。使った分を、その都度、人の手を介さず細かく清算していく。月末にまとめて請求書を起こすのではなく、利用と支払いがほぼ同時に、こまかく流れていく。そういう精算のかたちが、設計の選択肢に入ってきます。
いずれも「できるようになるかもしれない」という段階の話です。けれど、体験を設計する側にとって、選べる道具が増えることの意味は小さくありません。
空間の中の「続いていくお金」
ここからは、私たちの本業であるメタバースに引き寄せて考えてみます。
私たちは rezona という自社のメタバース空間を運営していて、その中にはAIによる接客や、部屋を借りる機能などがあります。空間の中には、本質的に「続いていくお金」が向いている場面がいくつもあります。たとえば、ある区画を借り続けるレンタル料。常連として場に居続けるための会員費。気に入った相手や場へのささやかな継続的なチップ。
これらはどれも、一回払って終わり、ではありません。関係が続くかぎり、少しずつ続いていくお金です。だからこそ、少額・自動・継続を低い摩擦で扱える仕組みと、相性がいいはずだと感じています。空間の中の振る舞いと、お金の流れが、もっと自然に地続きになる日が来るかもしれない——そんな関心を、私たちは静かに持っています。
ただし、これはあくまで関心であり、構想の段階です。いつ、どんな形で実装するかを、この記事で約束するつもりはありません。私たちが書きたいのは「こういう未来があるなら、見ておきたい」という距離感のことです。
まだ揃いきっていない、という前提
ここまで可能性の話をしてきましたが、フェアにいえば、継続課金のための仕組みはまだ発展途上です。
たとえば、自動で引き落とそうとした瞬間に、相手の手元に残高がなければ支払いはそのまま失敗します。カード決済のように「少し待ってもう一度」という救済が効きにくく、これはこれで新しい種類の解約を生みかねません。加えて、ルールづくり(規制)はまだ動いている最中ですし、発行体そのものへの信頼や、利用者をどう保護するかといった論点も残っています。仕組みに振る舞いを持たせられるということは、設計を誤れば望まない動きも自動で起きてしまう、ということでもあります。
便利さの裏には、いつもこうした課題が同じだけ存在します。新しい道具を前にして大切なのは、その明るい面だけを見て急がないことだと思っています。
私たちのスタンス
だから私たちの立ち位置は、落ち着いたものです。
プログラムで扱える円が「続いていくお金」をどう変えるのか。その答えはまだ誰にも分かりません。仕組みは揃いきっていないし、課題も残っている。それでも、ここには体験設計の道具として見逃せない何かがある、とは感じています。
私たちはまず、観察する側に立ちたいと思います。そして、自分たちの小さな場で、慎重に試す側に立ちたい。大きな旗を振るのではなく、自分の手の届く範囲で確かめながら、本当に人の体験をよくする使い方を見つけていく。場のコントロールを自分たちで握れる空間を運営しているからこそ、こうした実験は身の丈で始められます。
円が、ただ数えるための数字から、続いていく関係を支える「振る舞いを持ったお金」に変わっていくとしたら。そのとき空間の中の体験はどう変わるのか。答えを焦らず、私たちはその変化を見届けていくつもりです。
その後、この「空間の中でお金が回る」という話を一歩進めて書きました。空間の中で「経済」を回すとは、どういうことなのか で続けています。
Boundary LAB は「境界を越える体験を設計する」会社です。自社ホスティングのメタバース rezona を運営しています。空間づくりのご相談は X(@shuuuuuuvuu)の DM へ。私たちについては Boundary LAB について もどうぞ。