私たちが運営している自社のメタバース空間 rezona の中に、話しかけられる店員を置きました。クリックすると会話が始まり、その日の気分を聞いて、店のメニューから一杯を選んでくれる。中身を動かしているのはAIです。2026年6月7日から、本番の空間でそのまま動いています。
技術の自慢をしたいわけではありません。むしろ書きたいのは、作っている途中で一度きれいに壊れた話と、そこから何を学んで作り直したか、という地味なほうです。AIに何かを任せるとき、どこまで任せて、どこは任せないか。その線引きをめぐる、私たちなりの試行錯誤の記録です。
もともとは、ただ立っているだけの人形だった
この店員には前身があります。rezona にはもともとNPCという、空間に立っている人形のような存在がいました。といっても、できることはクリックすると効果音が鳴って、こちらに少しついてくる、その程度のものです。中身は空っぽで、いわばガワだけがある状態でした。
新しく一から作ることもできましたが、私たちはそうしませんでした。すでに動いているこのガワに、会話する力を後から足していく道を選んだのです。立っているだけの人形に口を与える、という言い方が近いかもしれません。
これは私たちが何度も選んできた作り方です。ゼロから理想形を組み上げるより、すでに現場で動いて枯れているものを土台にして、足りないところだけを継ぎ足して育てる。そのほうが、思わぬところで崩れにくいし、なにより早く本番に出せます。完成された一品を時間をかけて仕上げるより、動いているものを少しずつ太らせていくほうが、私たちの性に合っています。
自由に話させない、という最初の決断
会話する店員、と聞くと、文章を打ち込んだら何でも答えてくれるものを思い浮かべるかもしれません。私たちはあえて、その形にしませんでした。
rezona の店員は、自由入力ではなく選択肢を押す方式です。「さっぱりした気分」「がっつりいきたい」といったボタンが出て、それを押すと話が進む。AIがやっているのは、その場面に合った選択肢のボタンと、おすすめの理由を決まった形式で書き出すことだけです。来た人が好きな文章を打ち込み、それにAIが地のまま答える、という作りにはしていません。
窮屈に見えるかもしれませんが、これは意図した窮屈さです。自由に文章を受け付ければ、店員に関係のない指示を吹き込んで操ろうとする人が必ず出てきます。話が思わぬ方向に暴走することもある。そして何より、一回の会話で何度もAIを呼び出せば、その分だけ費用がかかります。お客さんに渡すのは整えられたボタンだけにして、舞台裏のやり取りはこちらが握る。接客という枠の中に、AIをきちんと収めておきたかったのです。
LLMに進行を任せたら、同じことを何度も聞き始めた
ここからが、一度壊れた話です。
接客には流れがあります。まず気分を聞き、次に好みの強さを聞き、それから一杯を提案する。この「次にどの段階へ進むか」という判断を、最初は毎回AIに委ねていました。今の会話の様子を見て、次は何を聞けばいいかをAI自身に決めさせていたのです。賢いものに任せれば自然に進んでくれるだろう、という素朴な期待がありました。
ところが、これが安定しませんでした。AIの判断は毎回わずかにぶれます。気分をもう聞き終えているのに、また気分を尋ねてしまう。同じ問いを何度も繰り返し、いつまでも先に進まない。会話がその場でぐるぐると回り続ける、無限ループのような状態に陥りました。
原因を考えると、当たり前のことでした。AIは言葉を選ぶのは得意でも、「今どの段階にいて、次にどこへ進むべきか」という手順の管理を、毎回まったく同じ正確さでこなすのは苦手なのです。注文を取る手順そのものを、その都度勘で判断させていたようなもので、ぶれて当然でした。
流れはコードで固め、AIは「言葉」だけ書く係にした
そこで役割を分け直しました。会話が今どの段階にいて、次にどこへ進むのか——その進行の判断は、すべてコードが決定的に行うようにしました。気分を聞いたら次は必ず強さを聞く。その順序は、AIの気分ではなく、こちらが書いた手順がきっちり決めます。
ではAIには何を任せたか。おすすめの理由や、その酒にまつわる蘊蓄。つまり人間味のある「言葉」の部分だけです。「今日は冷えますから、燗をつけた一杯はいかがでしょう」といった、その場をやわらげる一言。決まりきった流れに、温度のある言葉を着せていく係に徹してもらうことにしました。
たとえるなら、接客の台本そのものはこちらが書き、AIには名脇役として、台本の各場面に生きたセリフを吹き込んでもらう。段取りは演出家が握り、役者は与えられた場面で輝く。そう分けた途端、あれほどぐらついていた会話がぴたりと安定しました。
ここで得た教訓は、私たちの中でかなり大きなものになりました。会話の進行や手順といった、決まった形があるべきものをAIに毎回ゆだねると、判断がぶれて壊れる。定型の流れはコードでかっちり固める。そのうえで、人の心に触れる言葉の部分だけをAIに足してもらう。任せるところと任せないところの線を、きちんと引くこと。これは今後ほかのものを作るときにも、ずっと効いてくる学びだと感じています。
店ごとに、違う人格と本物のメニューを持たせた
中身が安定したので、店員には個性を持たせました。
面白いのは、データを差し替えるだけで、まったく別の店員になるところです。実在のお店のメニューをそのまま取り込めるようにしてあります。秩父にある焼肉ホルモンの酒場や、誰もが知るチェーンの居酒屋。それぞれの本物の品書きを読み込ませると、店ごとに違うメニューを出し、口調も人格も蘊蓄も変わる店員ができあがります。常連が通う一軒家の渋い大将と、明るく勧めてくるチェーン店の店員とでは、まとう空気がまるで違う。同じ仕組みの上に、いくらでも違う店を立てられるのです。
なお、会計は金額を表示するだけで、実際にお金が動くことはありません。将来お金をやり取りできる枠は用意してありますが、今はあえて止めています。まず接客という体験そのものを確かめたかったからです。
費用が膨らまないための歯止めも、いくつもかけています。一度の会話でAIを呼べる回数には上限を設け、一人がどれだけ使えるかにも制限を入れ、送信中はボタンを押せなくする。賢い相手を野放しにすると、気づかないうちに費用が膨らむ。手綱は最初から短く持っておく、というのが私たちの構えです。
rezona は、最初のガワにすぎない
最後に、なぜこれを自分たちの空間の中で作ったのか、という話をさせてください。
このAI接客の仕組みと、もう一つ並行して育てている「個人の酒の説明書」——飲んだ酒の履歴や好みを持ち歩けるようにする仕組み——は、実は rezona だけのために作ってはいません。提携してくださるバーや、別のメタバースの中でも使える、独立した一つのプロダクトとして設計しています。rezona は、それを最初に着せてみる「ガワ」なのです。
ここでも以前書いたことが効いてきます。自分たちでコントロールできる場を持っているからこそ、こうした作り込みができる。他人の土地の上では、こんなに自由に壊して、直して、育てることはできません。一度きれいに壊して作り直せたのも、その場が自分たちの手の内にあったからです。
立っているだけだった人形が、店ごとの言葉で一杯を勧めてくれるようになりました。まだ完成ではありません。けれど、自分たちの場の中で本物として動かしながら少しずつ太らせていく、その手応えは確かにあります。これからも、ありのまま育てていくつもりです。
その後、この続きとして「個人の酒の説明書」のほうも書きました。自分の酒の記録を持ち歩く — 飲んだ履歴を暗号化して、見せたい店にだけ開く に、その設計の話を綴っています。よければあわせてどうぞ。
Boundary LAB は「境界を越える体験を設計する」会社です。自社ホスティングのメタバース rezona を運営しています。空間づくりのご相談は X(@shuuuuuuvuu)の DM へ。私たちについては Boundary LAB について もどうぞ。